仙川環:『侵入―検疫官西條亜矢の事件簿』


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薄皮一枚下にある地獄 仙川環『侵入―検疫官西條亜矢の事件簿』

国外からくる感染症に対する正しい知識を。

今から3年前にこの言葉を発したとして、
いったい何人の人間がそれを真剣に考え賛成してくれただろうかと思うと、
新型コロナウイルスが日本にもたらした『モノ』の大きさを感じます、

しかし、こういった問題に新型コロナウイルス発生前から警鐘を鳴らしていた作家、それが仙川環さんです。

海外からもたらされる感染症の恐怖。

そんなものが、遠い異国の話として、臆病者や心配性の人間の繰り言だと思ったいた頃の日本。

あの頃の日本で、仙川環はその警鐘を鳴らし続けてきたのです。

そして、その代弁者の一人が本作の西條亜矢。

本作の主人公です。

仙川環『侵入―検疫官西條亜矢の事件簿』とは

海外から流入する感染症と戦う女性検疫官の物語

海外からの感染症流入、その最前線にいる人達、検疫官。

本作は感染症流入の尖兵であるともいえる検疫官の女性、
西條亜矢という人間を中心に、そこで起こる様々な出来事を記した作品です。

そういう意味で、一つのテーマが貫く大きく連作短編という言い方ができるでしょう。

本作内では、新型インフルエンザや狂犬病、デング熱、マラリアから炭疽菌に至るまで、
ありとあらゆる海外もたらされる感染症が登場します。

そしてその一つ一つの権益の様子が克明に描かれ、
そこにまつわる『疑惑』も一つづつ提示されていきます。

連作短編という形式の西條亜矢の闘争日誌

まず、本作は、一つの作品として捉えるべきものではありません。

もちろん、テーマや登場人物が互いにリンクしているので、
一つの大きな作品と捉えるべきでしょうが、
読後感としてはこれは長編ではなく連作短編でまちがいありません。

また、ジャンルとしてはミステリやサスペンスでもありません。

いうなれば本作は、西條亜矢という強烈な個性を持った人間が、
日本の水際でありとあらゆる抵抗勢力やウイルス、
細菌などが引き起こす病気と戦いを繰り広げる闘争日誌。

まだ新型コロナに触れてなかった頃の、平和ボケした日本に対する戦闘の記録と言うべきものです。

薄皮一枚下にある恐怖を感じるリアル

検疫の現場から見る日本の危うさ

本作には検疫の現場、っまたそれを取り巻く多くの人たちが登場します。

そこには、空港で蚊を捕獲することの意義のピンとこない新人や、
外国人ミュージシャンのライブを心地よく行うために炭疽菌テロの対策に難を示すスタッフがいます。

さらに、様子のおかしい犬を連れたまま日本に入国する船、
公園の鳥が大量死しても危機感を感じない役人、またそれを隠蔽しようとする人たち。

そんな、感染症の海外からの流入に危機感を抱いていない人たちがたくさん登場します。

その有り様が、少しも奇異に見えないのがこの仙川環さんという人の能力であり、
また、一つの目くらましとして登場する西條亜矢という人部とのキャラです。

この強烈中やらである西條がいることで、一見奇異に見える、
もしくは暴論を吐いている方が正しいという、日本の危うさを痛切に感じることができるのです。

まさにそれは、一歩間違えば大惨事になる、検疫の場から見た日本の危うさです。

西條亜矢という人物の持つパワフルな説得力

本作では、主人公である西條亜矢がまさに八面六臂の活躍をします。

しかもその活躍の仕方と来たらかなり破天荒で、粗野、粗暴、直情的、愚直、一点突破と言った印象を受ける、
まさに保身も何もあったものではない活躍ぶりなのです。

そして、読者は思います『現実にこんな人間はいないし、現実社会腕こんなことは無理だ』と。

西條亜矢はフィクションの産物なんだと。

そして、だからこそ恐怖するはずです。

主人公たる西条亜矢のほうが社会人として間違っていると思うたびに、
こんな人物がいるはずがないと実感するたびに、その勧善懲悪にカタルシスを感じるたびに。

現実の世界では、いったいどうなているのか、と。

西條亜矢のいないリアルな検疫の現場では、
それを扱う行政では、医療会では、現実的な危機感をもたない、
保身と事なかれに奔走するだろう『当たり前の人達』で構成されたリアルは一体どうなっているのか、と。

それこそが、本書のテーマの中心なのかもしれません。

今の私たちは「幾分か」マシでしかない

本書が刊行されたのは2014年。

まだ日本が、その未来に新型コロナウイルスの世界的パンデミックも、
それにまつわる終わりの見えない緊急事態宣言の乱発も知らない頃です。

そう、私たちは、西條亜矢が懸念した感染症の恐ろしさをリアルで知らない日本人では、今はもうありません。

やや行き過ぎではあるものの連日繰り返される感染症の恐怖を伝える報道と、
実質的な数字、そして世界の様子から日本人はその恐ろしさをしっかりと刻み込まれました。

しかし、あくまでそれは新型コロナウイルスに対して。

たしかに幾分かマシにはなったわたしたちですが、
この緊張感が今後共続く保証はありません。

喉元過ぎれば熱さを忘れるです。

そのためにも、本作はぜひ読んでおきたい一作です。

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