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ペニシリンショック死事件

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医療事故
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医療機器メーカーの工場長を23年経験しました。 本名は菊地孝仁、匠習作はペンネームです。 設計・製造・品質管理・安全管理まで経験済みです。 私自身、医療機器総括製造販売責任者、医療機器製造管理責任者の資格を有しています。 また、薬機法に関する業務も長年経験しております、QMS、GVP、ISO13485のマニュアル作成・運用まで対応しています。 21世紀のコア産業である、医療機器業界へ参入をお考えの経営者様、お気軽にご相談ください。


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アビガン承認へ教訓を活かす。ペニシリンショック死事件

新型コロナウイルス治療薬として注目を浴びる、アビガン。

いまは、藤田医科大の中間報告などにより、その有用性に疑義が生じているため沈静化はしていますが、
一時は騒動と言えるほどにその需要は高まっていました。

それは、いかに緊急事態とは言え、かなり危険な状態であったと言えるでしょう。

そこでここでは、過去の薬害事件をピックアップ。

その教訓からアビガン承認に向けての道筋への理科を深めていきます。

まず第1回は、ペニシリンショック死事件です。

ペニシリンショック死事件とは。

まずペニシリンショック死事件について、その概要を見ていきましょう。

ペニシリンとは

ペニシリンは、1928年フレミング博士によって発見された、
まさに世界の歴史を変えたとも言える抗生物質の元祖、本家本元です。

20世紀における特筆すべき発明のひとつとも言われるもので、
この薬剤ひとつで、不治の病と言われた数々の病気を治療可能にしたという実績のある偉大な薬です。

世界では二次大戦中から、日本では戦後の感染症予防に大きな功績があります。

そういった点で、最も世界で親しまれたく抗生物質であるとも言えます。

ペニシリンショック死事件の発端

その発端となったのは1956年東大法学部教授のショック死です。

彼は、自宅近くの歯科医院で治療の際、歯の化膿止めとしてペニシリンを投与されたのですが、
その直後アナフィラキシーと思われるショック状態を呈して、その後死亡します。

この時、亡くなったのが東大法学部教授という法曹界の大人物であったことがきっかけで報道が過熱。

大きな社会問題として発展していきます。

ペニシリンショック死事件のその後

報道の過熱は、ペニシリンにまつわる医療界の油断と言うべきものを暴いていきます。

ペニシリンはその効果の高さから、
その有用性にだけ注目され危険性について医療世界において大きく放置されていたのは事実としてあったのです。

証拠に、厚生省(現厚生労働省)はペニシリンによるアナフィラキーショックの事例を把握していました。

その結果、国民のペニシリンに対する信用は、厚生省に対する信用とともに失墜、
この流れに医療関係者も乗ることによって、ペニシリンは一気に消費量を激減させます。

こうして、日本におけるペニシリン離れが進み他の抗生物質への切り替えが起こったのです。

ペニシリンショック予防対応が一般的に

この事件を契機に、我が国でも対策が進みます。

まずは問診などによるアレルギー状態の有無のチェック、
内皮反応テストの実施などアレルギーによるアナフィラキシーショックを防ぐための方策が取られます。

また、医療機関においてもショック時の対処が徹底。

ペニシリン投与時における、万が一に備えた救命措置を行える準備が整えられるなどの意識改革も進みました。

ペニシリンショック死事件に見える問題点

日本において起こったペニシリンショック死事件。

そこから学べることは一体何なのか、考えてみましょう。

政府や医療業界の薬剤に対する過信

まず大きなものは、コレでしょう。

第一義的には、ペニシリンという薬にアナフィラキシーショックという落とし穴があることをわかっていて放置していた厚生省の罪は軽くありません。

しかし、医療業界においてもそれは同様です。

アレルギーがもたらすショック死というものは珍しいものではなく、医療従事者であれば当時でも知られておくべきものであったことは確かです。

しかし、政府も医療業界も、
そこにペニシリンという薬に対する絶対的な信頼感があり危険性に対する意識が希薄だったのでしょう。

これは、間違いのない原因のひとつです。

マスコミ報道の過熱と国民反応

ペニシリンショック死事件はその被害者が法曹界の大物であったことで報道が加熱しました。

もちろん、安全安心であると思われていたペニシリンに実は副作用が存在し、
その被害者がすでに100人を超えていたことや、
厚生省が事実を把握していたことなどが暴かれたことはプラスと言えます。

しかし、その加熱具合が起こしたのは良い効果だけではありません。

薬剤として十分利用価値があり、その後米国において開発が進められ更に進化していくペニシリンに対する国民感情が悪化し、
日本での消費量が激減したのはマイナスであると言っていいでしょう。

また、このとき、国民による薬剤への恐怖が生まれたのも確か。

それがもとで、医療不信画の日本において芽生えを迎えたというのも、間違いない事実としてあるのです。

ペニシリンショック死事件の教訓はアビガンに生きるのか

ペニシリンショック死事件。
この今から半世紀以上前の事件は、アビガンを取り巻く状況にどう活かされるのでしょうか。

政府や医療業界の過信を戒める

現在、ペニシリンショック死事件が起こった時代とは比べ物にならないくらい、薬剤の取り扱いは慎重です。

しかし、薬機法の改正により、新薬承認の利便性が高められたりと言った事実、
また、コロナ禍における緊急事態とはいえ一時期アビガン承認に国が前のめりであった事実は厳然と存在します。

そこに、薬剤ではなく日本の医療に対する過信はないのか、
と言われれば大きな疑義があると言わざるを得ません。

データに忠実である姿勢

もう一つはデータの重要性です。

アビガンは、もともと抗インフルエンザ薬としても顕著な効果を示した薬ではありません。

さらにいえば、新型コロナウイルスに対する効果に関しては完全な未知数で、
今のところこれと言って確証のあるデータは得られていません。

ペニシリンショックは、国内もしくは海外で得られていたデータが存在しながら無視されていました。

そこに、データの大切さという教訓があるといえるでしょう。

マスコミや国民の冷静さ

アビガンに関して言えば、途中からマスコミの報道や国民感情が異常に高騰したという点は否めません。

それによって、一歩間違えばきちんとしたデータが取れていなかった薬を治療の現場で使用するという状況が生まれていたかもしれないのです。

ペニシリンショック死事件においてもそれは同様で、
不要なペニシリン離れを引き起こしたのはまさにマスコミと国民の動揺の産物でした。

マスコミを含め、国民的議論の醸成とその成長は欠かせません。

基準は変わっても人は変わらない

ペニシリンショック死事件は半世紀以上前の事件です。

当時とは医療体制も法律も何もかもが違い、
まったく動揺な事件が起きるとは言えないのが現状です。

しかし、社会は変わっても人間は変わりません。

慢心や動揺、思い込みで事を進めた先にアビガンも同じような結末を辿らないとは言い切れないのです。

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