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久坂部羊:『善医の罪』

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医療機器メーカーの工場長を23年経験しました。 本名は菊地孝仁、匠習作はペンネームです。 設計・製造・品質管理・安全管理まで経験済みです。 私自身、医療機器総括製造販売責任者、医療機器製造管理責任者の資格を有しています。 また、薬機法に関する業務も長年経験しております、QMS、GVP、ISO13485のマニュアル作成・運用まで対応しています。 21世紀のコア産業である、医療機器業界へ参入をお考えの経営者様、お気軽にご相談ください。


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医療業界とその外の世界とのギャップが生む恐怖。久坂部羊『善医の罪』

この小説は、実話を元にしたフィクションです。
「私がしたことは殺人ですか? 」青志社 (2010/4/6)が元になっています。

医療とは常に人の命を見つめ続ける業種です。

しかしそれは言いかえると、常に人の死を考え続ける業種でもあるということ。

本著『善医の罪』はそんな人間の死を見つめ、考え、
何よりその現場に直面している医師による尊厳死をめぐる問題に深く切り込んだ作品です。

それは一見、陥れられた医師の真実をめぐる闘争の物語に見えるかもしれません。

しかし、個人的にはそれは表面的な一部でしかないと考えています。

そう、これは、命を見続けている医師とそうでない人間たちが織りなすギャップの恐怖を描いた作品なのです。

一人の患者の死、それから始まる

美人ハーフの女性医師が直面した一つの死。

どうやっても助かる見込みはないだろうと推察される患者に対して、
このまま延命を続ければ悲惨な最後しかないと判断した彼女は家族に尊厳死を選択肢として提示します。

そして、その判断は受け入れられ、患者は尊厳死という形で命を失うのです。

しかし、その一見は同僚医師のやっかみや看護師の嫉妬から、
安楽死にすり替えられ一転して殺人事件へと発展していくのです。

病院内の政治による切り捨てや賠償金を当てにした患者家族の離反、
そしてマスコミの無責任な言動。

女性医師は、そんな悪意の渦に巻き込まれるように、落ちてゆくのです。

尊厳死と安楽死

本著を読む前に、もしくは本稿を読む前にぜひ抑えておいてほしいことがあります。

それが尊厳死と安楽死の違いです。

完全な説明はそれだけで長くなりますので、
ざっくりとした説明をしておきます。

尊厳死とは

生前の意思を前提として、避けられないしであることを条件に、延命処置を施さないようにする事。

安楽死とは

延命することが苦痛であり死期が迫っている場合、生前の意思を前提として人為的に死を迎えさせること。

両者の違いは

両者の違いの最も大切なポイントは、
その両者に明確な差異はないということです。

というのも、延命処置を施さないことも大きくくくれば人為的な措置であり、
概念としては尊厳死もまた安楽死の一分野『間接的及び消極的安楽死』であるというのが一般的だからです。

そして、実際問題ここには法的な区分がしっかりと存在しているわけでもはありません。

ですので、一般的にあくまで安楽死と尊厳死の違いはと『過去の判決に基づき、
規定の条件をすべて満たした上で延命治療を差し止めたものか否か』なのです。

そう、それは法ではなく、判例によって支えられている差異なのです。

彼女は罪を犯したのか

安楽死と尊厳死。
この方的には明確な差異を持たない概念の中で、女性医師が行った行為は医療の素人に裁かれていきます。

直感的正義感に導かれる人たち

本著において、主人公の敵となる人間それは多くは悪意に導かれた人たちです。

出世、嫉妬、妬み、保身……、そういったものに突き動かされるように
、主人公を悪意に満ちた言動で追い詰めていきます。

しかし、それだけではただのリンチの記録です。

本著が、小説として上質である理由は、そこではなく、
そんな悪意に満ちた人間たちによって喚起される無知な正義。

脊髄反射とでもいいたくなる、直感的な正義によって主人公を追い詰めていく人々の姿です。

医学的にはありえない机上の空論で進んでいく恐怖

医療の現場において、それは不可能であること。

実際に人の死の現場に臨場し、
そのケアをしたものでなければわかり得ない現場の状況。

本著の中で繰り広げられる論争や法廷劇は、
悪意ある人間たちにそそのかされて入るものの、
そういったリアルを置き去りにした建前論で進められていきます。

そして、善意の医師が追い詰められていく。

この恐怖は、現実をリアルに浮き彫りにしつつ、
恐怖を感じさせる顛末となっていきます。

主人公は正しかった、でいいのか

実は、本著のでは、この部分がしっかりと明言されてはいません。

そしてそれこそが、本著のリアルなのです。

主人公を善だと信じて支える人たち

悪意ある人達に陥れられてしまった彼女。

しかし、そんな彼女の周りには、同僚の医師の他にも、恋人である男性や弁護士、
また、裁判を通じて主人公に賛同したマスコミなどが集います。

そして、彼女が無罪を勝ち取るため、
彼女の正しさを証明するために共に戦ってくれるのです。

これは、読者的にも当然主人公的にもかなりの援軍で、
読んでいる最中もその存在が頼もしく応援したくなります。

それは、ただ、患者のことを思って手を下した主人公。

その善意を守ろうとする人たちだからです。

主人公に感じる迷い

本著は、3者によるせめぎあいを描いた作品です。

それは、悪意を持って主人公を貶めようとする人間。

主人公を善と信じて助ける人たち。そして、
その周りにいて無知な善意を振りかざす人たち。

しかし、個人的には、その前提は最後までくっきりとした輪郭を保てなくなっているように感じました。

とうぜん著者である久坂部羊氏はそんな事を一言も書いていません。

しかし、その描写、主人公の動作、感情、
言動に少しづつ迷いを表現しているように感じるのです。

久坂部羊が用意したラスト

本著は、非常に曖昧な形でラストを迎えます。

それこそ池井戸潤の半沢直樹のような『リベンジ達成』のような快感はそこにはありませんし、
不快でしかない悪が完全勝利するラストでもありません。

しかし、それこそ、著者である久坂部羊氏の思い描いたラストの形。

私にはそれが著者による『それで、本当に主人公は善だと言えますか?』という問いに思えてならないのです。

最後、主人公は突如視界がぼやけ、自らの白衣が背景に溶け込んでいく錯覚に囚われます。

それこそ、しっかりとした区分のない安楽死と尊厳死のオマージュであり、
医療の世界と社会との輪郭が消え、
善悪の彼岸すら曖昧になっている主人公の思いを表しているように思えるのです。

医療界と社会とのギャップ

個人的には、全体的に尊厳死をめぐる医療界と現実社会のギャップが本著の肝だと感じています。

しかし、同時に、その曖昧な区分のせいで、完全な善と悪を分けることのできない、
答えのない問いであることもまた強く示唆されているというふうに感じました。

つまり、ギャップを埋めるべく突き詰めていくうちにギャップが存在しなくなるという恐怖です。

これに関しては、きっと様々な感じ方があるでしょう。

ぜひご一読いただいて、自分の答えを見出してほしい作品です。

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