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『高齢社会とイノベーション 真野俊樹』から感じる日本の医療

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高齢社会とイノベーション 真野俊樹
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医療機器メーカーの工場長を23年経験しました。 本名は菊地孝仁、匠習作はペンネームです。 設計・製造・品質管理・安全管理まで経験済みです。 私自身、医療機器総括製造販売責任者、医療機器製造管理責任者の資格を有しています。 また、薬機法に関する業務も長年経験しております、QMS、GVP、ISO13485のマニュアル作成・運用まで対応しています。 21世紀のコア産業である、医療機器業界へ参入をお考えの経営者様、お気軽にご相談ください。


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『医療危機 高齢社会とイノベーション 真野俊樹』から感じる日本の患者の在り方

日本の医療は世界一の水準を誇っている

このことについて、いまさらそこに疑問を呈するようなことはありませんが、
しかしそれは現段階で許されているレベルでという意味。

これからもずっと、世界一の医療水準を持った国であり続けるということはないでしょう。

しかし、出来るだけ日本が世界一の医療水準を保った国であるためにはどうすればいいのか。

『医療危機 高齢社会とイノベーション 真野俊樹』を読んで、
そこには、国民一人一人の感覚の転換というものが必要であろうと確信しました。

真野俊樹氏の考える日本人の意識変革

真野俊樹氏は本著の中で医療危機を乗り越えるためのイノベーションについて言及されています。

その中には、医療関係者、特に医師のイノベーションに触れている部分もありましたが、
それは、個人の手におえるようなものではありません。

しかし、同時に、患者側のイノベーションに関しては、そこにある一定の効果を感じるものでもあります。

日本人は医療に頼りすぎている

まず真野氏は本著の中で日本人の医療に対する意識として、頼りすぎであると述べている。

ただ、ここで初めに断っておかなくてはいけないのは、
真野氏はなにも医療と患者の間に精神的軋轢を作り出そうとしているのではないということです。

何より、真野氏の論旨のキーは「医療危機の回避」であり、そのための論述であるということ。

つまり、このまま日本における高齢化が進むことによって、医療費が増大していくのであれば、
確実に訪れる医療危機という名の国民皆保険の形骸化を防ぐために、
という但し書きがつくということなんですね。

その上で、日本人は医療に頼りすぎている、としているのです。

国民皆保険がもたらした当たり前の医療

こういう医療への頼りすぎは、国民皆保険という世界に冠たる制度の弊害だと真野氏は言います。

国民皆保険制度によって、日本人が手軽に医療を受けることが出来、
病気の治療はもちろんのこと予防に関してまで医療に頼るという風土の中にあるというのです。

確かに、日本では国民健康保険という制度によって医療が廉価で受けられる側面があります。

そして、人間ドックや健康診断と本著の中でも書かれているように、さらに言えば、
体の不調なくして病院に通う高齢者の実態を見るに、説得力のある意見でもあります。

そしてそのことが、医療危機への道に拍車をかけているというのです。

医療を専門家から離脱させる

本著では様々な角度から、患者の意識改革についての考察があります。

しかし、それを大まかにまとめれば、
つまりは『患者にとっての医療を専門家から離脱させる』という意識について述べられているといっていいでしょう。

AIの進展、ネット情報の活用などによって、
治療は医療関係者でも判断は自己で行うことも出来るという提案。

また、病気に対する責任を国や医療に求めるのではなく、
自己判断による自己責任にシフトさせていくべきだという主張もまさにそのことを言っているとして間違いはありません。

それこそ終末医療などにおけるQOLの在り方や、さらに一歩踏み込んだQODの在り方に対する提言もそう。

いかに生きいかに死ぬか、その選択は、患者にこそその責任をもって選択するべきだというのです。

真野氏の言う患者の在り方は定着するのか

患者にも一定の責任と医療危機を止める責務が生じる。

そんな真野氏の理想ともいうべき状況は、
果たして日本に定着していくのでしょうか。

医師という神格化された存在

かつて、日本において医者とは政治家と同等かそれ以上の権威を持つ職業でした。

医者であるというだけでその地域の名士であり、顔役であり、
そして、絶対的な権威と権力を持つといった状況さえ珍しくはなかったのです。

もちろん今はそこまでのことはありません。

しかし、マスコミのニュースを見れば「医師」という肩書がついているだけで、
どこのどんな医者でいかなる実績のある人なのかすらわからない人が、
コメンテーターとして意見を述べている様子を見ることが出来ます。

つまり、少なくとも今でも「医師」の肩書さえあれば説得力有しているということ。

それはまさに、神に対する依存に近い神格化された信頼なのです。

神格化されているが故の責任の押し付け

医師が神格化された権威であったとして、それは間違いなく人間です。

かつての日本では、神格化された存在である医師の言うことは絶対で、
それ故にもし万が一病気が治らずに終わったとしても、神にたてつくことはなかったでしょう。

しかし、今は違います。

神格化されている存在でありながら人間であることが明白な医師に対して、
日本人は自分の健康を完全依存しておきながら、
悪い結果についての責任を押し付けるという構造が出来ているのです。

そうつまり、自分の意見を言わないかわりに自分は責任を取らないという姿勢です。

日本人の医師依存は治るのか

そう考えてみると、真野氏のご意見は貴重ながらもかなり道のりは険しく感じます。

真野氏は、医師の役割をかかりつけ医と総合病院の医師という形で役割分担をし、
普段の生活ではかかりつけ医のアドバイスをもとに生活し、いざという時は総合病院で高度医療を、と提言されています。

もちろん、それは一つのカタチとしてうまくいく面もあるでしょう。

しかし、例えば終末期の決断、つまり医療を厚くして不自由でも長生きするのかそれとも、
医療を脱してQOLを達成して生きるのかを判断する素地が患者側にあるのか。

その覚悟がその家族にあるのか。

かなり難しい問題だと言わざるを得ません。

選択を患者にゆだねる医療

患者の側から、自分の責任の中で医療の是非を選択する。

このようなことに慣れていない日本人にとってそれはかなり難しい事であるのは言うまでもありません。

しかし、これが医療の側からの働きかけであればどうでしょう。

これに関して言えば、個人的には医師や医療の現場に対して依存度の強い日本人出れば、
うまくいくのではないかと思っています。

しかし、そこには、医療不信のない良好な医師と患者の関係が必須です。

結局は医療不信を起こさないこと

真野氏も本著の中で、治療は医師と患者の共同作業なのだから医療不信はまずい、という趣旨を述べておられます。

これは確かに治療においてもそうなのですが、
今後、患者が医療危機の回避のために医師依存をいかに脱していくのかという点においても、重要なファクトです。

医師依存からの離脱が医師の責任放棄ととられないためには、
医療に対する信頼が不可欠だからです。

今後、医療の現場は望まずとも変革を強いられてきます。

その変革を良好に、スムーズに行っていくためには、
やはり医療に対する信頼を高めていく努力が必要なのです。

それはもちろん医師だけではなく、医療に携わるすべての人間にいえる事だといっていいでしょう。

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